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昨日のブログに,「中学2年生は,私の人生のターニングポイント」と書きました。
今日は,そのことについて書こうと思います。

昨日のブログ↓
中学校の先生を囲む会


実は,小学生から中学1年生までの私は,勉強が大嫌いで,自宅で勉強する時間は
限りなくゼロに近い状態でした。
宿題出されてもろくすっぽやらないという体たらく。
当然,学習塾の類も行ったことすらありませんでした。

それでも,学校の勉強についていけないことはなかったし,そんなに成績が悪い
わけでもなかったため,余計に勉強しないという悪循環に陥っていました。
中学では部活がキツかったため,授業中居眠りばかりしていたのもいけなかったと
思います。。

ところが,中学2年生になり,科目によっては(特に英語)授業の内容が全然
理解できなくなってきました。
そのため,成績も急降下し,中学校2年生1学期の成績は,それはひどいものでした・・・
アヒルさんが沢山泳いでいた気がします・・・orz)。
当然のことながら,その状態は2学期に入っても変わりませんでした。

ちなみに,当時の神奈川県の県立高校の入学判定はというと・・・
①中学校2年生の学年末の成績と中学校3年生の2学期の成績から算定した内申点が50%
②入学試験が30%
に加えて
③当時中学校2年生の年度末に行われていた9科目の「アチーブメント・テスト(ア・テスト)」
という試験の結果が20%
以上①~③を総合した点数から判断されていました。

つまり,中学2年生終了時点で,公立高校については自分の進学できる学校がある程度
決まってしまったわけです(それについては,批判も強くありましたが。)。

私が2学期の中間テストの状態ままで突き進むと,中学2年生の年度末の成績は勿論,
ア・テストの結果も目に見えていました。
さすがの私も,「本気でヤバイ」と思うようになりました。
多分,人生で初めての「本気でヤバイ」がこのとき訪れたのです。

どの位ヤバイかというと,その後数年に渡り,
そのときのヤバイと思った状況が夢に現れて,うなされてしまったほどです。。。

何とかしないといけないと思った私は,身近な友人にどうやって勉強しているかを
聞いたところ,そこそこ以上の成績を取っている友人は,みんな塾に行っていることが
分かりました。
そこで,私も,あれほどまでに嫌がっていた塾に通うことにしました。

大船駅を中心として塾は沢山ありましたが,比較的近所にあって,同じ中学校の友人
が沢山通っていた塾を選びました。
時期は,たしか2学期の10月ころ,2学期の中間テストがすぐそばまで迫ってきていた
ころだったと思います。

「何とかしなくちゃ。」と滝つぼにダイブする気持ちで飛び込んでいきました。

・・・次回に続く
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中学2年生のときの担任の先生が,先月末に定年退職されたので,
同級生20人ほどが集まってお祝いをしました。
数年前から母校の教頭先生として戻っており,退職の情報が流れてきたことが,
今回の会につながったのです。

顔を見ても思い出せないようでしたが,名前を伝えたら何とか思い出して
くれたようでした。
あんまり特徴のない名前なのに不思議です(笑)

先生に担任をしていただいた中学2年生は,私の人生のターニングポイント
になった重要な時期です(どういうターニングポイントだったかは,また
次回に書きます。)。
多分,あの時期の自分が今の原点になっているとすら思います。

そういう多感な時期に担任をしていただいたせいか,先生の仰ったことや一つ一つの行動が
未だ鮮明な記憶として残っています。
多分,小学校から高校までの間で,一番印象に残っている先生だと思います。

担任から外れた中学3年生のときも,「公民」の授業を担当していただいたのですが,
そこで教わった憲法の基本原理や細かい条文の知識は,後々の司法試験の択一試験でも
役立ちましたし,社会科資料集に載っていた朝日訴訟の判決等を読んで,日本の司法制度の
問題点を意識するようになりました。
私の法律家としての原点を作ってくれた恩師といえるかもしれません。

今回,そのお礼を言うことができて本当に良かったです。


実は,中学2年生のときに,私が司法試験を受験するきっかけを与えてくれた
もう一人の恩師に出会っています。
その方にも,是非一度お礼を申し上げたいと思っています。


最近,横須賀にある裁判所(横浜地裁横須賀支部,横浜家裁横須賀支部,
横須賀簡易裁判所の合同庁舎)に行く機会が多いです。

横須賀の裁判所は,以前は京急線の県立大学前駅近くの山の上にあり,大変不便だったのですが,
昨年横須賀中央駅付近に移転したため,かなりアクセスが良くなりました。

大船駅から横須賀中央駅は,大船駅から横浜駅に行くのと同じくらいの距離なので,
直線距離としてはかなり近いのですが,いかんせん交通の便が悪いです。

ルートとしては・・・

1 大船駅→(横須賀線)→逗子駅→(徒歩)→新逗子駅→(京急線逗子線)
→金沢八景駅→(京急本線)→横須賀中央駅

2 大船駅→(東海道線・横須賀線)→横浜駅→(京急本線)→横須賀中央駅

3 大船駅→(東海道線・横須賀線)→戸塚駅→(横浜市営地下鉄)→上大岡駅
→(京急本線)→横須賀中央駅

4 大船駅→(京浜東北線)→新杉田駅→(徒歩)→杉田駅→(京急本線)
→横須賀中央駅

5 大船駅→(横須賀線)→横須賀駅→(バス)→横須賀中央駅

といくつもあるのですが,所要時間に大差ありません。
乗り換えの手間が一番少ないのが5なのですが,いかんせん横須賀駅まで行く
(久里浜行き)横須賀線の本数がすごく少ない。。
というわけで,私は,料金が一番安い1のルートを基本にしつつ,久里浜行きの電車が
あるときは,5のルートを利用しています。

横須賀線の横須賀駅の周囲は全く開けておらず,すぐ近くが港になっています。
お店も申し訳程度にあるだけ。
市街地は,横須賀中央駅周辺に集中しています。

何でこんな所に駅を作ったのか,横須賀中央駅付近を経由させなかったのか
疑問に思いますが,これは,横須賀線が軍事用路線として敷設された経緯に
よるもののようです。
横須賀線は,東海道線を使って運ばれてきた軍事用物資を,大船駅を経由して
横須賀軍港に運ぶための鉄道ルートとして敷かれたものなので,市街地を経由する
理由がなかったのですね。

ちなみに,戦前の大船駅が軍事上重要なポイントだったため,周辺には海軍燃料廠が置かれていたり,
大して開けていなかったにもかかわらず,軍事用道路として大きな道路が通ったり
したようです。


・・・とまあ,そんな経緯や歴史に思いを馳せながらも,やっぱり横須賀中央駅への
アクセスをもう少しなんとかして欲しいな~と思う今日この頃です。

みんなの党の新代表に浅尾慶一郎さんが選出されたそうです。

みんなの党新代表、浅尾慶一郎氏選出へ 無投票の見込み

浅尾さんは,地元選出の議員で事務所も大船にあります。
また,実はご自宅も,私の実家の近所。
出身高校も大船の栄光学園だそうです。

彼が国政選挙に出馬されたばかりの20年近く前は,よく大船駅の街頭に立たれていました。
当時はクリッとしたお目々が印象的な童顔な方でしたが,いつの間にやら
政治家らしい顔つきになっていました。
語り口は,情に訴えかけたり,勢いごまかしたりのよくいるタイプではなく,
論理的かつ理性的との印象を受けました。

政治的信条はともかくとして,地元選出の方が国政の場で活躍されるのは大歓迎です。
別に地元への利益誘導なんて期待してないし,どうでもいいので,
大きな舞台で全力で頑張って欲しいと思います!

弊事務所は,平成26年4月1日で開業2周年を迎えることができました。

つい先日,事務所開業1周年のご挨拶を書いたような気がしますが,あっという間に
1年が過ぎてしまいました。

開業当初は,「お客さんが全然来なかったらどうしよう・・・。」
と不安ばかりでしたが,1年目の後半から徐々に仕事が入ってくるようになり,
2年目は,多少の浮き沈みはありましたが,総じて安定した経営をすることができました。

当然のことながら,自分一人の力などではなく,皆様の日ごろの応援やご指導のお陰だと
思っております。
この1年間,沢山の方から様々なご支援をいただきました。
本当にありがとうございます<(_ _)>


さて,開業から2年が経ち,そろそろ助走期間を終えて(まだ終わってなかったのか??),
事務所を離陸させなければいけないと思っています。

「あなたの働きぶりには,一つの不満もない。ただ,あえて一つだけ挙げるとすると,
全ての案件に全力でぶつかりすぎるきらいがある。案件ごとのバランスを考えて,
力配分をしていかないと大変だよ。」

これは,前事務所を退職することが決まったときに,ボスからかけていただいたお言葉
です。
そして,これは弁護士になってから今まで受けた中で,最高の褒め言葉だと思ってます。

ところで,ボスから挙げられた私の短所(?)は,未だに改善していません。
それどころか,前事務所にいたころより,悪化(??)している気すらしています。
どんな弁護士がやっても,ほとんど結論に(そして報酬にも)影響が出ない
自己破産申立事件や国選弁護も全力でやっています。

でも,そのお陰か,そういった事件の依頼者の方から,改めて事件を依頼されたり,
知人にご紹介いただいたりする機会が徐々に増えてきました。
そのため,私の短所を長所に変えることができるのではないか,そういう方向に
事務所を離陸させるのも面白いのではないかと思うようになりました。

現在の弁護士業界(特に都市部)は,大幅な人数増加に伴う競争激化のため,
インターネットによる大量集客や,価格競争が盛んになっています。
しかし,広告に経費をかけたり,価格を下げたりすると,事件を大量に捌かなければ,
事務所経営が成り立たず,いきおい一つ一つの事件の処理にかけられる時間が少なく
なってきます。

私は,そういった「現代型法律事務所」とは逆の方向に向かって事務所を
離陸させたいと思っています。
「広告を見て来ました。」や「安いから来ました。」ではなく,
「山田がやっている事務所だから来た。」と言われたい。
どんな案件でも,懇切丁寧にやってくれる事務所という評判を(地味~に)得たい。

しかしながら,その実現のためには,まだまだ勉強が足りませんし,皆様からのご指導・
ご叱責が是非とも必要です。
今後とも,よろしくお願いいたします。

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