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ここしばらく仕事に忙殺されており,更新を怠ってしまって,申し訳ありません。
何とか隙間を見つけて書いていこうと思いますので,引き続きよろしくお願いします<(_ _)>

☆ ☆ ☆

さて,先日,判例検索システムを使って判例を調べていたところ,候補の判例に,
昭和44年5月29日の宇都宮地裁の判決が出てきました。
判決文の要約を斜め読みしたところ,後の最高裁の尊属殺重罰規定違憲判決の
第一審であることが分かりました。

尊属殺重罰規定違憲判決とは,最高裁が日本国憲法下で初めて法律を違憲と
判断した(法令違憲)憲法史上極めて重要な判例です。

平成7年に改正されるまでの刑法には,200条に尊属殺人罪という犯罪がありました。
現在の刑法は,明治時代にできた法律だったため,戦前の家制度由来の犯罪類型が
戦後もいくつか改正されないまま残っていました。
尊属殺人罪もその内の一つで,親や祖父等の尊属を殺害した場合の刑罰として,
死刑と無期懲役しかなく,3年(現在は5年以上)以上の有期懲役も定められていた
普通殺人罪(刑法199条)に比べ,極めて重いものになっていました。

ところが,昭和40年代に栃木県で起きた殺人事件の刑事裁判の中で,
この尊属殺人罪の合憲性が全面的に争われました。

嫌悪感を抱く方もいらっしゃると思いますので,詳細は省きますが,この事件の被告人と
なった女性は14歳のころから実の父親に強姦されて以来,夫婦同然の生活を
強いられて,父親の子を何人も身ごもるという異常な環境での生活を余儀なく
されていました。
女性が30代に届こうとするとき,職場で知り合った男性と恋仲になり,父親に
結婚したい旨話したところ,激高した父親から監禁され,更に性行為を強要さたり
罵倒されたりしたため,やむなく父親を手にかけた,そんな事件でした。

常識的に考えて,更にこの女性に実刑を課すというのは余りにも酷というものです。
ところが,上記のとおり,尊属殺人罪には死刑と無期懲役しか定められて
いなかったため,どんなに減刑をしても,最低3年半の有期懲役にしかならず,
執行猶予がつけられなかったのです(執行猶予は懲役3年以下から)。

そのため,女性の弁護人(無報酬で引き受けたそうです。)は,
尊属殺人罪が憲法14条の定める法の下の平等に反して憲法違反
であるとして争いました。

先ほど述べた宇都宮地裁は,尊属殺人罪を定める刑法200条を憲法14条
違反とした上,過剰防衛が成立するとして刑を免除しました。
ところが,控訴審の東京高等裁判所は,刑法200条を合憲と判断し,懲役3年6月の
実刑としました(ただし,第1審の未決勾留期間を全て刑に参入したので,実際に
刑務所に入る期間はかなり短くなります。)。
そこで,弁護人は,最高裁に上告。結果として,最高裁は,刑法200条を憲法14条に
違反して無効と判断し,女性に普通殺人罪を適用した上,執行猶予判決を下しました。

なお,当初の弁護人は,裁判中既に癌に蝕まれており,同じく弁護士の息子さんに
事件を引き継ぎ,最高裁判決を見ることなく亡くなってしまったそうです。

私は,高校生1年生か2年生のころ,本ブログのタイトルとなっている「尊属殺人罪が消えた日」
という書籍を読み,この事件のことを知りました。
この本を読んだ後,悲惨な女性の境遇は勿論のこと,命を賭すかのような弁護人の執念,法律の文言と
現実の狭間で非常に困難な判断を迫られ苦悩する裁判官等々のことを考えて,
とてつもなく重い気持ちになってしまいました。
その一方で,刑事裁判の面白さを知るきっかけ,ひいては弁護士という仕事に大きな興味を
持つきっかけになったように思います。

そういえば,大学に入学して「憲法判例百選」を買ったときも,一番最初に読んだ
判例はこれだったっけ。
大学卒業したばかりの平成7年にあった刑法改正で200条が削除されたときも,
心の中で万歳三唱したような。。
その後の受験生生活で余裕がなくなってしまったせいか,すっかり忘れていましたが
(・・・・),私の人生に大きな影響を与えた書籍と事件なのでした。

そんなことを懐かしく思い出しながら,第一審の宇都宮地裁の判決を読んでいたところ・・・

あれ??何か知っているお名前が出てきたぞ???

\(◎o◎)/!

この事件に関係した方が,意外に近くにいらっしゃったということに初めて気付き,
驚くとともに,いつかお話を聞いてみたいものだと思ってしまいました♪



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