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もう,半年ほど前に書いた下記の記事の続編を,ようやく書こうと思います。
「弁護士」との出会い

書こう書こうと思っていたのですが,他に書きたいことがあり,そちらを優先
させてきたため,遅くなってしまってスイマセン。。

*****************************************

「弁護士」という職業と出会ったきっかけが「ドラえもん」(・・・。)であったことは,
前回の記事で書きました。
ただ,何せそこに出てきた弁護士が悪役だったもので,私の弁護士に対する
イメージは,決して良いものではありませんでした。

それから数年が経った小学校5年生のとき,とうとうリアルの「弁護士」を知ることに
なりました。

それは,日本で初めて死刑囚に対して再審無罪判決が下った免田事件の報道を
通してでした。

免田事件についての詳しい説明をすると,それだけで記事4回分は
使いそうなので,ポイントだけ説明しておきます。

免田栄さんは,昭和23年に熊本県で起きた強盗殺人事件の犯人として逮捕され,
最高裁で死刑判決が確定してしまいました。
その後,度重なる再審請求も退けられましたが,とうとう6度目の再審請求で
再審が開始され,その再審で無罪判決が下ったのです。

この事件は,初めて死刑囚に対して無罪判決が下ったというリーディングケース
としての意味だけでなく,その後しばらく続いた死刑判決確定後の再審無罪事件
(松川事件,財田川事件,島田事件)の呼び水となった事件として,
非常に重要な意味を持っています(当時は,そんなことサッパリ分からなかったけど。。)。

免田さんは,23歳で逮捕された後,事件発生から34年半,死刑判決確定からも
30年余りもの間,ずっと塀の中で過ごしつつも,最後の望みを捨てることなく,
戦い抜いたのでした。

そして,この事件の報道を通じて,免田さんに対する取調べで拷問が行われていたこと
(事件当時の警察は,未だ戦前の警察組織を引きずっていたのです。),
警察が免田さんのアリバイ証人に偽証を迫っていたこと,検察(ちなみに,
「検察」という組織を知ったのもこのときでした。)が重要な証拠品を
廃棄していたこと等,警察・検察による犯人でっち上げ行為が行われてこと,
しかも,少なくとも事件当時はそれが珍しくなかったことも知りました。

また,獄中の免田さんを支え続け,無罪判決を勝ち取ったのは,弁護士達の
活躍によるところが大きかったということも知りました。


この再審無罪のニュースに触れたとき,人生で一番充実している青年期を丸々
奪われた免田さんに思いを馳せて悲しい気持ちになるとともに,
不当な捜査で犯人をでっち上げた警察,意図的に証拠を潰した検察,
それを全く見抜けなかった裁判所に対する強い怒りと不信感を覚えました。

それと共に,国家権力により消されそうになった一般市民の味方となり,
全力で助けようとする弁護士という職業に,心から敬意を抱きました。
「ドラえもん」に植えつけられた弁護士に対するバッド・イメージは,このとき
どこかに吹っ飛んでしまったのです(笑)


もっとも,このときは,自分が弁護士になるとは思いもしませんでしたし,
なりたいとも思わなかったと思います。

いや,もしかしたら,少しは「なりたい」という気持ちはあったのかもしれませんが,
小学校時代の私は大の勉強嫌いでしたので,沢山勉強して試験に合格しなければ
なることができない職業なんて冗談じゃないという感じで,即刻却下だったの
かな思います(苦笑)

私が本気で弁護士を目指そうと考えるようになるのは,まだまだ先のこと。
そのときのことは,いずれ書きますね♪


ともあれ,この免田事件のニュースと,その後すぐに続いた財田川事件,松川事件
の再審無罪判決は,思春期を迎えようとする私に強烈なインパクトを与えてくれました。
現在の私が刑事事件を熱心にやっているのは,その当時のインパクトが未だ続いて
いるからかもしれません。


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