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最近,立て続けに証人尋問をやった中で気づいたことがあります。
それは,証人尋問には,その人のコミュニケーション能力が如実に現れるということです。

証人尋問の理想的な展開は,あたかもピンポンのように,弁護士(あるいは,検察官,裁判官)
からの質問に,証人が端的でコンパクトな回答をして,質問と答えがスピーディーに繰り返されるという
流れで進んでいくことです。

しかしながら,証人がよほど頭の良い人でもない限り,そんなに上手く行くことは
滅多にあるものではありません。。

よくある悪い証人尋問の例を,いくつか挙げてみます。


1 質問と回答が被ってしまう

人の質問が終わっていないのに,答えを言ってしまうパターン。
これは非常に多い印象です。
「答えなきゃ。」とか「話したい。」という気持ちが先行してしまうせいでしょうか。

しかし,これでは,聞いていて分かりづらい上,録音を反訳する業者の人が,
せっかく答えた内容を聞き取れず,正確な尋問調書を作成することができなくなって
しまう点で致命的です。

気になったときは尋問の途中でも注意するようにしていますが,しばらくすると,
また元に戻ってしまうことも多いです・・・。

2 答えに辿り着くまでに長い

質問に端的に答えてくれないパターン。

たとえば,「あなたは,その日,被告人に会いましたか。」という質問に対しては,
「はい,会いました。」あるいは「いいえ,会ってません。」というどちらかの
回答が求められています。

しかし,これはお年寄りに多いのですが,「えーと,その日は,朝起きて○○をして
から××に行って,そこで○○をした後△△さんに会って・・・・・」と
その日の経緯を延々と数分間に渡って話した挙句に,「夜になって,被告人に会いました。」
ようやく答えに辿り着く人。

これの応用パターン(?)として,ひどいのになると,累々と経緯を話している
内に,最初に聞かれた質問を忘れてしまい,その日起きた自分にとって印象的な
(しかし,事件にとって,何の意味もない)事実を話し始め,
ついぞ回答に辿り着かない場合もあります(>_<)

近年の裁判では,証人尋問はかなり厳格な時間の制限があるので,こんな回答の仕方を
されては,必要なことが聞けずに終わってしまいかねません。

3 聞かれていないことまで話す

先ほどの「あなたは,その日,被告人に会いましたか。」という質問に対して,
「はい,会いました。」と答えるだけでなく,「すると,被告人は,私に向かって
歩きながら○○○と言って,ナイフを振りかざし・・・・」などと,その後の
展開まで話してしまうパターン。
これも非常に多い印象です。

これでは,聞き手である裁判官(あるいは裁判員)は聞いていて分かりづらいですし,
重要な事実とそうでない事実の仕分けができず,重要な事実がぼやけてしまう
ことにもなりかねません。

そのため,私は,こちら側の証人や本人に対し
「質問に対する回答は,原則3秒以内で」
と強く指導するようにしていますが,なかなか守れる人はいないものです。。

4 聞かれていないのに勝手に話し始める

これが問題外なことは,論を俟たないですね。。
もはや,「証人」という立場から外れてしまっています。

「被告人には,その日に会いましたが,その1週間前にも会って,そのときは・・・・」
というような,聞かれたことから勝手に連想を広げて,外れた答えを繰り出す人も
このパターンの亜種といえます。


以上,いくつかのパターンを挙げてきましたが,いずれも,問いに答える姿勢がない,
聞き手のことを考えていないという独りよがりな姿勢に共通点があります。

裁判官には気が短い人もいて,上記のような回答パターンに接すると露骨にイライラし始め,
証人を叱り飛ばすこともあります。
ただ,それでも,なかなか改まらないことが多いです。

証人尋問をしていると,普段,その人が人とどのようなコミュニケーションをしているのか
が分かって,大変興味深いです。

今年の6月からやっているある否認の刑事事件の尋問が,今日ようやく終わりました・・・。

8月の末ころから今日までの約1か月超の間に,検察側証人4人の尋問と被告人質問の
計5回の尋問をやりました。

一般に尋問の準備は,刑事事件にしろ民事事件にしろ,かなり大変なものです。
それを5回分準備するのは,相当大変です。
特に,この事件は,被告人や証人の内の何人かは外国人だったので,余計に大変でした。。

法廷では勿論,被告人との接見の際も通訳さんに来てもらいます。

私が質問したことを通訳してもらい,被告人や証人が回答したことをまた通訳してもらう
という流れで進めるので,日本人同士のやり取りの倍の時間がかかります。
また,必ずしも,こちらの意図どおりに通訳がされるとは限らないため,
ピントの外れた答えが延々と返ってきてしまうこともあり,精神的衛生上も良くありません。。

過去に一つの事件で,6人の尋問をやったこともありますが,多分今回の方が質量共に
大変だったと思います。

身が削られただけでなく,書類を入れて運ぶカートのタイヤも削られてしまいました・・・。

というわけで,今日は,ちょっと放心状態の山田です(笑)

ただ,尋問が終わっても,その尋問の調書を踏まえて最後の弁論を書かなければいけません。
もう少しの間頑張ります!!
facebookで友人が紹介していた下記リンク先の記事を興味深く読みました。

<悪魔の代弁人>を立てるかどうか、クライアントこそ問われている


思わず,膝を打ってしまったのは,第2節目の「わかりやすい一本調子の論理より、複数の論理を」
のところです。

たとえば,「貸したお金を返してほしい。」という相談を受けたとします。
その相談者が借用証を持っていたとしても,相手方がお金を借りた事実自体
を争ってくるかもしれませんし,お金を返したと言ってくるかもしれません。
また,お金を借りたことは認めても,お金がないので返せないと言ってくるかも
しれません。
そのため,弁護士は,いざ訴訟になった場合に,相手方がしてくるであろう様々な
主張を想定し,それぞれの対応方法を検討した上で相談者に見込みを伝えることになります。

しかし,このような説明は,仮定の話になるものですから,分かりづらく
なりがちですし,ときには弱気に聞こえてしまうもののようです。

もしかしたら,単純に「借用証があれば裁判は勝てるさ!!」とだけ言う弁護士の方が頼もしく
思えるかもしれません。

また,過去の判例などを踏まえて,その事案の勝訴の見込みが薄いことをお伝えすると,
「判例は判例で分かるけど,それでも私の側に立って頑張ってもらいたい。」と
言われることもあります。

もしかすると,「判例上等!!玉砕覚悟で頑張りましょう!!」と言った方が
より受任件数が増えて,お金は儲かるのかもしれません。


しかし,依頼者(相談者)の利益を考えること=依頼者(相談者)の希望をそのまま受け入れること
ではないと思うのです。

我々弁護士は,法律の専門家であるわけですから,依頼者の希望を法律的に分析して,
その希望が実現できるかどうか,実現できないとしても,何か次善の策がないかどうか
まで検討して,初めて依頼者の利益を考えたことになると思うからです
(もちろん,依頼者(相談者)の希望を,法律論振りかざして頭ごなしに否定するのは
絶対にやってはいけないと思いますが。)。

そういった弁護士と依頼者との間のジレンマを,非常に上手く表現している記事だと
と思いました。


あと,この記事全体を読んで想起したのが,カエサルの
「ほとんどの場合,人は,自分が望んでいることを信じようとする。」という言葉です。

どうしても,人間というものは,自分の希望に対するネガティブな意見を嫌います。
最悪の事態を想定して意見をする人のことを,「縁起でもないことを言うな。」と
一刀両断にしてしまう場面もよくみられます。

しかしながら,耳に優しいことを言う人と厳しいことを言う人,自分の利益を真剣に考えて
行動してくれるのはどちらのタイプなのか,一度しっかりと考えた上で選ばれた方がいいと思います。

弁護士も政治家も。



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今日,横浜地裁で,刑事裁判の判決言渡しがありました。

全く注目されるような事件ではないですし,判決言渡しだけなので,
5分程度終わってしまうのですが,裁判員裁判用のかなり大きな法廷の傍聴席が
何故か8割方埋まっていました。。

よく考えてみると,3月最終週と4月第1週は,裁判官やその他裁判所職員の
異動時期のため,ほとんど裁判期日が入りません。
そのため,そのことを知らないで傍聴に来てしまった方々が,数少ない開いている法廷
に集中してしまったのだと思います。

判決言渡しでは,弁護人としてすることは特になく,今日も,結局
一言も発せず終わってしまいました・・・。
来ていただいた傍聴人の方々に,何か申し訳ないような気持ちになってしまいました
(別に悪いことしたわけではないけど。。)。


その後,すぐに,別の民事裁判のため,霞ヶ関にある東京高等裁判所に行ったのですが,
東京高裁と東京地裁が入っている建物の敷地には,ズラリと並んだ傍聴券希望者らしき人々の列と,
それを遠巻きに眺めるマスコミ関係者らしき集団,更に目を光らせる大勢の警備員さんが
目に付きました。
また,建物に入っても,マスコミ関係者らしき人達が慌しく動き回っててました。

何の事件なんだろうな~と思い,事務所に戻って検索したところ,
どうやら,下記のニュースの裁判だったようです。

八ツ場ダム訴訟、建設反対派が2審も敗訴 東京高裁

ということは,あの「不当判決」と書かれた紙みたいなの(正式には,「判決等即報用手持幡」という
ようですが,「びろーん」とか「ビローン」とか呼ばれてます。。)を持って走った人が
いたんですね。。
敷地内の大勢の警備員は,あれを止める役目だったんだ・・・(ちなみに,裁判所の敷地内で,
びろーんを広げるのは禁止されています。)。

私,裁判所に日常出入りするようになって,既に5年が経ちましたが,
未だあれを1回しか見たことがありません。
勿論,持って走ったこともありません。

ああ,今日も見たかったな・・・。


遺産分割などの相続問題の事件を受けた場合,どんな相続財産があるか
について調査すると共に,相続人として誰がいるかについても調査をします。

では,どうやって,相続人を調査するかというと,亡くなった人(被相続人)の
戸籍をたどって調べていくことになります。

相続人が配偶者のみ,あるいは配偶者と子供のみという場合は,被相続人
の戸籍(現在では「全部事項証明書」ともいいます。)を,死んだ時点から生まれた時点
まで遡って取っていきます。
これは,他に子供がいないかどうかを確認するためです。

生まれてから,あまり戸籍が動いていない場合は,それほど大変でもないですが,
たとえば,被相続人が全国を転勤していて,その度に律儀に戸籍を変えていた
ような場合は,かなり面倒な作業になります。
戸籍のある場所に郵送で戸籍を取り付けることになりますが,手数料等がその土地で
違ったりして,事前に電話で確認しておく必要もあります。

また,更に事態がややこしくなっている原因として,「改製原戸籍」というものがあります。
明治維新以降,戸籍制度は数度にわたって作り直されてきました。
その作り直される前の戸籍を「改製原戸籍」といいます。
最近では,コンピューター化された平成6年式戸籍があります(平成6年の省令によって
作り直されることになったものですが,未だに作り直されていないところもあります。)。
戸籍が改製されると,現在の戸籍と改製される前の戸籍(改製原戸籍)が
同じ場所にあるので,戸籍をたどる場合は両方とも取らないといけません。

被相続人に子供や親がおらず,兄弟姉妹が相続人となると相続人調査もかなり面倒
になってきます。

兄弟姉妹が相続人になる場合は,被相続人だけでなく,その父と母の生まれたときまで
遡って戸籍をたどっていき,被相続人の兄弟姉妹に誰がいるかを探します。
そして,兄弟姉妹が分かったら,今度は,兄弟姉妹が現在どうなっているか調べるため,
戸籍を過去から現在までたどることになります。

現在も兄弟姉妹が全員生きていればいいのですが,被相続人が高齢の場合,
兄弟姉妹が先に亡くなっていることも多く,その場合は,兄弟姉妹の子(おい・めい)が
いるかを調べ,おい・めいが現在どうなっているかを更に戸籍をたどっていくことに
なります。
この場合,おい・めいが兄弟姉妹に代わって相続人となるからです(「代襲相続」と
いいます。)。

最近70~80代で亡くなった人の両親の戸籍をたどっていくと,
ほとんどの場合,明治時代の戸籍まで遡ることになります。
そして,現在70~80代の人には,兄弟が5~6人いるのは当たり前ですので,
相続人調査もネズミ講式に大変になります・・・。
更に,途中で離婚していたり,養子縁組していたり,離縁していたりする人がいると,
相当注意しないと,相続人に漏れがあるという事態になりかねません。


明治から昭和初期までの古い戸籍を見ていていつも思うのは,新生児死亡率が
ものすごく高かったこと。
家族に1~2人新生児で亡くなった方がいるのは当たり前の世の中だったんですね。

また,それと裏返しなのかもしれませんが,毎年のように子供を生み続ける夫婦が
かなり多かったこと。昔の女性は大変だったんだ・・・。

そして,これは明治時代のころに顕著なんですが,女性の名前の命名の仕方がいいかげん
過ぎること。
女性に漢字の名前を付けることは少なかったようです。
ひどいのになると,姉妹の名前全部が干支から取ったと思われることすらありました。。

更にいうと,やっぱ日本人は昔からマメな性分だったんだなぁ。。ということですね。


相続のため,亡くなった人の戸籍をたどっていったら,全然知らない離婚歴が出てきたり,
意味不明の養子縁組を繰り返していたり,隠し子を認知していたりして,
驚いたという話も時折耳にします(これらの履歴は,戸籍を移してしまえば消えてしまいますので,
結婚前に行われていれば,ほとんどの場合亡くなるまで気づかないと思います。)。
その意味で,戸籍はパンドラの箱のようなものかもしれませんね。

それでも,自分のルーツを近世までたどっていけるのも,戸籍があるからこそです。
いつか,私も,自分の戸籍をたどって,明治時代の先祖にご対面してみたいと思っています♪

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