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中学2年生のときの担任の先生が,先月末に定年退職されたので,
同級生20人ほどが集まってお祝いをしました。
数年前から母校の教頭先生として戻っており,退職の情報が流れてきたことが,
今回の会につながったのです。

顔を見ても思い出せないようでしたが,名前を伝えたら何とか思い出して
くれたようでした。
あんまり特徴のない名前なのに不思議です(笑)

先生に担任をしていただいた中学2年生は,私の人生のターニングポイント
になった重要な時期です(どういうターニングポイントだったかは,また
次回に書きます。)。
多分,あの時期の自分が今の原点になっているとすら思います。

そういう多感な時期に担任をしていただいたせいか,先生の仰ったことや一つ一つの行動が
未だ鮮明な記憶として残っています。
多分,小学校から高校までの間で,一番印象に残っている先生だと思います。

担任から外れた中学3年生のときも,「公民」の授業を担当していただいたのですが,
そこで教わった憲法の基本原理や細かい条文の知識は,後々の司法試験の択一試験でも
役立ちましたし,社会科資料集に載っていた朝日訴訟の判決等を読んで,日本の司法制度の
問題点を意識するようになりました。
私の法律家としての原点を作ってくれた恩師といえるかもしれません。

今回,そのお礼を言うことができて本当に良かったです。


実は,中学2年生のときに,私が司法試験を受験するきっかけを与えてくれた
もう一人の恩師に出会っています。
その方にも,是非一度お礼を申し上げたいと思っています。


2月に入ってから,いきなり原因不明の繁忙期に入ってしまったため,
しばらく更新をサボってしまい,申し訳ありませんでした・・・(汗)


さて,しばらく前のことですが,私が司法修習生時代に寄稿した文章が掲載
されている法曹会会誌がインターネット上にアップされているのを見つけました
(下記リンク先の6頁~7頁)。

明治大学法曹会会報(平成20年度)

以前もブログに書いたと思うのですが,私は,平成19年11月に司法試験試験に
合格した後,平成20年4月に司法修習に行くまでの間,母校の司法試験受験団体の
「法制研究所」なるところで,司法試験受験生や大学生,ロー生相手に指導をしていました。

詳しくは文章をお読みいただきたいのですが,当時は受験制度の転換期で,旧司法試験と
新司法試験が並存していた時代でした。
そのため,法制研究所にも,旧司法試験を受け続ける方,ロースクールに進学
した方,ローを卒業して新司法試験の準備をされている方,ローに進学したけれども旧司法試験
を受け続けている方,ロー受験を控えている大学生等,様々な事情を抱えた方々が混在していました。

そんな中,少ない人数の指導員で,色々なゼミ等の企画を立てたり,ホームページビルダーで専用の
ホームページを立ち上げたり,指導員室に常駐して質問に答えたりしたので,ものすごく大変でしたが
(本当に,連日のように徹夜していました。。),短いながらも充実した時間を過ごすことが
できました。

今,改めて読み返すと,「熱い」というか,もはや「暑苦しい」ほどで,お恥ずかしい限りですが,
その分,当時の勢いとか若さ(といっても,既に35歳でしたが。。)も感じることができると
思います(笑)

このときに指導させていただいた方々の多くとは,未だに連絡を取り合っており,
その内の大半の方から,「司法試験に合格しました!」という吉報をいただきました。

また,その後3年くらいは(新64期まで),その年の司法試験合格者のお祝い飲み会を
開いていたように記憶しています。

当時の教え子(大学生)には,今年の司法試験を受験される方もいます。
後数ヶ月間ですが,全力を尽くして本番を迎えて欲しいです!!




先月,大阪であった祖母の葬儀に出席したとき,
父のいとこの一人から,息子さんが検事をやっていると教えてもらいました。

親が従兄弟同士の子供同士なので,はとこ(あるいは再従兄弟)ですね。
年齢も修習期も比較的近いのですが,残念ながらまだお会いしたことはありません。

こう言うと何か法曹一家みたいですが,私の知る限り,家系には法曹関係者は全く
いません。
父や父の従兄弟も法曹とは無縁の人物です。
私自身,家族からの影響で法曹を志したわけではないですし,多分それはその検事さん
も同じだと思います。

そんな法曹とは無縁の家庭から,偶然にも同じ曾祖父を持つ同世代の2人が,
相互になんらの影響もなく法曹関係者に就いているというのは結構珍しいかもしれません。

何だか不思議なご縁を感じると同時に,普段は疎遠になりがちな(父母とも出身が大阪なので,
どうしても疎遠になってしまいがちです。)親族とのお付き合いの大切さが身に染みた
大阪行きでした。
これも祖母が引き合わせてくれものだと考えて,今後も大切にしていこうと思いました。

2013.11.22 「都会の森」
私が高校3年生の夏ころに,「都会の森」というドラマがありました。

高嶋政伸さん演じる司法修習を終えたばかりの新人弁護士が主人公で,
父親の検事役に佐藤慶さん,事務所の先輩弁護士役に黒木瞳さんと田中美佐子さん,
友人の記者役に江口洋介さん,修習同期の弁護士役に財前直美さん,事務員役に
水野真紀さん,切れ者検事役に伊武雅人さんと,バブル期らしく(笑)豪華なキャストを
揃えたドラマでした。

当時の私は,弁護士になる前提として法学部へ入学するために受験勉強に
励んでいたのですが(すいませんウソです。本当は,かなりいい加減な受験生でした。。),
将来の仕事のイメージをつかむためにという口実を作って勉強から逃れるため
観るようになりました。
当時は,弁護士が主人公のドラマが珍しかったこともあり,弁護士を志してから
初めて観た弁護士のドラマや映画だったと思います。

まあ,正直言ってしまうと,上記のような豪華なキャストを揃えたわりに,
結構グダグダな展開だったため,途中で飽きてしまい,最後の2~3回は観ずに
終わってしまいました。。
当時の高嶋さんは,演技がまだまだ発展途上で,ドジな新人弁護士を演じようとして,
必要以上にコミカルになってしまっていたのもあまり印象が良くなかった理由かも
しれません。

このようにあまり印象が良くないドラマだったのに,未だに忘れないでいるのは,
弁護士を志してから初めて観たドラマという以上に,主題歌に使われていた徳永英明さんの
名曲「壊れかけのRadio」の印象が強いからだと思います(ご本人も,チョイ役で
ドラマに出演してました。)。

当時の私は(今もですが),全くと言っていいほどJ-POPを聴かなかったのですが,
この曲は大好きになり,しばらくの間レンタルしたCDからダビングしたカセットテープを
繰り返し聴いていた覚えがあります(ああ,懐かしいですねカセット。。)。

そんなわけで,やや残念な弁護士ドラマだったのですが,実際に弁護士になった今
改めて観てみると,新たな発見があって面白いかもしれませんね(更なるダメ出しになっちゃうかも
しれませんが。。)。



先日,初めて行った美容院の美容師さんに,職業をズバリ言い当てられ
ました(@_@;)

そのときはスーツを着ていましたし,会話の中で「荷物は事務所に置いてきました。」
とか言った覚えがあるので,全くのノーヒントではなかったとは思いますが,
それにしても数ある職業の中からそのものズバリ言い当てられることは,
なかなかないものです(どうも,その美容師さんが「リーガルハイ」を毎週欠かさず
観ている影響が大きかったようです。。)。

当てたご本人も,当たってビックリしていましたが(笑)


実は,以前にも一度だけ,職業をズバッと言い当てられたことがあります。

数年前に,自転車を買いに行った時に対応してくれた年配の店員さんに
「ご職業何です?」と聞かれたので,「何やっているように見えますか?」
と逆質問したところ
「う~ん,弁護士?」
とズバリ言い当てられました。

そのときは,当然私服で,職業のヒントになるようなものは何も持っていません
でしたし,そもそも会話の中で職業をうかがわせるような話すらしなかったにも
かかわらずです・・・。

あまりに驚いて,理由を尋ねたところ,「話の組み立て方が論理的なので。」
と言われてしまいました。。。

いやいや,それまで自転車の話しかしていませんでしたし,
もっぱら説明を聞くことに徹していたので,論理的も何もあったものじゃないと
思うんですが(>_<)


上記ズバッとさんお二人が口を揃えて言っていたのが,
「とてもサラリーマンには見えない。」ということ。。
やはり,何かこう自由奔放な空気が全身から滲み出てしまっているのでしょうか????


お二人とも接客業なので,人を観察する目は優れていると思うのですが,
弁護士という比較的レアな職業を言い当てられたことが2度もあると,
弁護士としての風格が出てきたと喜ぶよりも,何か変わり者と見られている
んじゃないかと少し不安になります(苦笑)

一流のになるには,まだまだ修行が足りないようです。。

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